沿革
| 明治5年 | 山陰商会の名称を以って初代岡田正作が回漕物品販売を個人創業 |
|---|---|
| 昭和 7年 8月 | 株式会社岡田回漕店設立 資本金 10万円 |
| 昭和17年 8月 | 統経済により境港海陸運送(株)に改称統合 |
| 昭和24年 1月 | 自由経済復帰により、山陰地区をエリアにセメント、石炭の取扱再開 |
| 昭和25年 2月 | 現商号株式会社岡田商店に改称 |
| 昭和34年 7月 | LPガス販売の事業開始 |
| 昭和36年11月 | 大正海上火災保険(株)(現三井住友海上火災保険(株))と損保代理店契約 |
| 昭和38年 7月 | 米子駅前給油所オープン、石油類販売事業開始 資本金 1400万円 |
| 昭和39年12月 | 安来小野田レミコン(株)に資本参加、生コンクリート事業開始 |
| 昭和41年 3月 | 境港給油所オープン |
| 昭和42年 4月 | 倉吉生コン(株)設立 |
| 昭和44年 1月 | 日野小野田レミコン(株)設立 |
| 昭和44年10月 | 米子東給油所オープン |
| 昭和45年 1月 | 米子小野田レミコン(株)設立 |
| 昭和47年 3月 | 一般建設業許可所得し、本格的に防水等専門工事業へ参入 |
| 昭和48年11月 | 山陰小野田輸送(株)設立、小野田セメント(株)(現太平洋セメント)より境港サービスステーションの運営を委託、運送業へ参入 |
| 平成 2年 4月 | R431夜見給油所オープン |
| 平成 6年12月 | B安倍給油所オープン |
| 平成 8年 8月 | デジタルツーカ(現ソフトバンク)販売開始し、携帯電話事業参入 |
| 平成 8年 9月 | 生コン集約会社(株)ジアスを設立、山陰でいち早く生コン工場の集約化を図る |
| 平成11年10月 | 自動車整備、販売事業開始(民間車検場オープン) |
| 平成20年 7月 | (株)中央生コンを設立し、集約生コン工場のさらなる集約を図る。又、他の関連会社の生コン工場も集約化し事業の生き残りを図る |
| 平成20年11月 | 伊藤忠エネクス(株)より米子、松江地区の3ヶ所給油所を委託運営米子、境港、松江に給油所が9店舗となり、山陰有数の販売会社となる |
| 平成22年 6月 | 太陽光発電システム事業への参入 |
| 平成24年 5月 | 環境事業部工事部の鋼製地下タンクライニング工事が中国地方各地において工事施工 |
| 平成26年3月 | 子会社の米子小野田レミコン(株)を吸収合併 |
| 平成26年4月 | 米子市法勝寺町にて、鳥取県西部初の電気自動車(EV)シェアリング事業を開始 |
| 平成26年8月 | 週刊「山陰経済ウィークリー」の表紙に岡田社長が掲載 |
| 平成26年11月 |
「よなご超小型モビリティ実証事業、~米子 “街メグリ”~」の開始 |
| 平成27年12月 |
鳥取県教育委員会より「鳥取県キャリア教育推進企業」の認定を受ける |
| 平成31年4月 |
ゼネラルブランドがエネオスブランドに変更 |
| 令和1年10月 |
(株)山陰合同銀行より第1回無担保私募社債1億円を発行 |
| 令和3年9月 |
鳥取県より「とっとりの森を守る優良企業」の認定を受ける 日南町よりJクレジット25トンを購入 |
| 令和5年11月 |
鳥取県より「とっとりSDGsパートナー証」の認定を受ける |
| 令和6年8月 |
(株)山陰合同銀行より第2回無担保私募社債1億円を発行 |
| 令和7年3月 |
(株)山陰合同銀行より第3回無担保私募社債1億円を発行 |